あるひまじんの日記

今日も世はこともなし。

キングダムたのしい vol.各キャラの史実版・秦編その2

次は別の国のキャラ史実、と思ったのですが、まだまだ秦軍内外のほかのキャラも大勢いる&調べてみたくなってしまったので秦編その2としてまとめてみました!

 肆氏(いんし)

成蟜の後見人であった竭氏(けつし)の腹心として序盤に登場する文官の肆氏。当初こそ成蟜を主として嬴政や信たちとも敵対しますが、成蟜が退けられ嬴政がその玉座を握った後に才能を昌文君に見初められ、元敵ながらも嬴政の家臣として返り咲きます。元来からそれだけの文官の才能があったということになりますね。

「~氏」というのも「~君」同様に敬称を意味するこの時代の中国、肆氏にも別に本名があると思われますがやはり史実には見当たらないようです。ただし肆氏という名前ではなく、内史肆というのが本来の通り名であったようで、やはり文官としての才能を発揮し秦国に仕えていました。

成蟜の陣営だった等の記載はないので、このあたりは原泰久さんのオリジナルストーリーになっているようです。

 

 

蔡沢(さいたく)

呂不韋の四柱として登場した仙人風のおじいちゃんです。どこか飄々としていて嬴政と呂不韋との政治戦争にもさして口を出さないような姿から世捨て人みたいな印象もありましたが、外交能力にとりわけ秀でており遠交近攻政策という蔡沢ならではの政策を練り上げて秦に貢献します。

しまいには斉の王を説き伏せて秦王と対談させ、形だけでも和解するようなところまで成し遂げる一人者として活躍しました。呂不韋陣営ではありますが、どこかに所属するというよりも自分の判断で動いている行動力抜群のおじいちゃんでしたね。

遠交近攻政策というのは文字通り、遠くの敵とは国交を結び、近くの敵にこそ攻め込むという政策です。特に秦国は当時の中華全体で見ると西一帯に栄えていた国でもあり、斉や燕など東側の敵との戦いがしにくい地理でもあったことで大きな意義を持つ政策になりました。

もともと史実では蔡沢は范雎(はんしょ)という秦の宰相に推薦された人物でした。この范雎は漫画では登場していませんがそれもそのはず、范雎は昭王(嬴政の祖父)や六将軍の時代の宰相です。この范雎が政治的な苦悩になやまされていた時に現れたのがこの蔡沢で、あらゆる助言を范雎に与えた、いわば師匠や先生のような存在になります。

やがて范雎が宰相を引退することを決意した時に代わりにということで蔡沢を推薦したのがおじいちゃんの活躍始めとなりました。遠交近攻政策をはじめとした外交手腕を用いて斉や燕という秦にとっては遠い国たちを平定する立役者となったのですね。

史実では没年が不明ですが、漫画での最期は斉王と秦王の嬴政を引き合わせたその談上で眠るように息を引き取ったとなっています。嬴政の中華統一にも同調していたという言葉もあって、嬴政の敵のように見えたけど実は秦国に多大なる貢献をした大人物だったという描かれ方は史実に忠実であると言えそうですね。

 

 

向(こう)

咸陽の宮女である向ちゃんです。引っ込み思案で内気な性格ですが、強気な宮女の陽ちゃんを友人にし、たおやかな宮女生活を送っていました。嬴政とはしょっちゅう床を共にしていたようですがヒメゴトが毎回あったというわけでもなく、主に読書をする嬴政の聞き役として共に過ごしていただけというあたり初心で可愛い向ちゃんらしさが伺えます。

なにかと頑張り過ぎる向ちゃんを夫である嬴政も多忙の合間にしっかり支えていたりして、キングダムに女性ファンが多いという理由もこういったシーンにあるのではないでしょうか。

さて、漫画では嬴政との間に麗(れい)という女児を得た向ちゃんですが、史実では嬴政の正妻は見当たりません。その代わりに三千人からなる宮女を抱えて子供も二十人以上が存在したようです。

さらに言えば嬴政は始皇帝となったあとにも不老不死を求めるなど、実の子供たちに王位を継承しようとしたというよりは自らが永遠に国を治め続けたいという思想があった様子もあり、実際に長男であり父親同様の才覚を持った太子でもあった扶蘇(ふそ)は自害させられてしまいます。

始皇帝の死後は結局、次男の胡亥(いがい)が秦国を継承し秦王となりますが、愚王とも称されてしまった胡亥の治世はたったの二年で幕を閉じてしまい、結果的に秦国は滅亡してしまいます。

漫画での立派な嬴政の様子からは想像もできませんが、史実では子宝に恵まれながらもその子供たちの才能を恐れて次世代へ繋げられなかった等、中華統一を果たしながらも秦国は残念な末路になってしまいました。漫画ではどのように展開されていくのかがやはり見所ですね。

 

 

蒙毅(もうき)

蒙恬(もうてん)の弟にして兄と引けを取らない軍師の才能を持つ人物です。軍師ではありますが戦場には出ていないので出番も少ないながら、河了貂(かりょうてん)と親しくなり共に昌平君の元で軍師としての修行を積みました。

冷静沈着な性格でもあり、いかに肉親が将軍として動かしている戦であろうとも私情を挟まず持論からなる軍略を強固に持つ姿が凛々しい人物でした。若いながらも昌平君や昌文君たちと共に疑似戦を用いて軍略を練るなど、その才能は秦国屈指であるのは想像に易いですね。

蒙毅が史実に登場するのは嬴政が中華統一を果たしたあと、始皇帝になってからのことでした。蒙毅の才能と忠臣ぶりを始皇帝も気に入って身近に仕えさせます。実際に始皇帝がくだした様々な政治的政策に関わっていたのかは定かではありませんが、随一の信頼を得ていたのは確かな様子です。

始皇帝の次男でもある胡亥(いがい)の家庭教師であった趙高(ちょうこう)が大罪を犯した際、問答無用で趙高の死刑を宣告したのが蒙毅でした。しかし始皇帝は趙高の才能を高く買っていたこともあり死刑に待ったをかけてしまいます。生き延びた趙高は蒙毅を当然のように強く恨み、それはやがて始皇帝の死後にまで波及してしまいました。

蒙毅の最期は兄の蒙恬同様に自殺を強いられた挙句のことであったようですが、最後まで歎願を続けた蒙毅もその時には秦王となっていた胡亥や趙高の策略もあって結局は死を遂げてしまいます。

蒙家は優秀な人材の多い一族ながら、やはりそれは始皇帝と共にあったからこそという逸話が見えてきそうな人物でしたね。

 

 

騰(とう)

王騎(おうき)の副将として登場してからというもの、ふたりの持つ独特な雰囲気が好きだというキングダムファンは多いであろう、騰です。王騎の死後はその軍勢を率い、まるで後釜のようにして台頭し大将軍となり、あのファルファルファル……という特徴的な剣技を操っての戦いぶりが面白いながらも地に足の着いた確かな強さを誇っていた将軍です。

謎めいた人物でもある騰ですが、史実では内史騰という名前として登場します。文官でもあった騰はそれでも軍を率いて韓に攻め入り、これを落として一時的な統治者になることに成功しています。

文官だったはずの騰がなぜ韓を落とせたのかといえば、騰が実は強かったというよりも当時の韓という国の力不足があったからこそと言えそうです。国力が低下していたところに大国でもある秦に日夜攻め込まれていた韓。そのトドメを刺すのに名のある武将は必要なしと判断したのであろう秦王の采配もあって、武将としてはさしたる力を持たなかった騰が一時的に将軍となった、という顛末のようです。

その後もさしたる戦果をあげたような記載もなく騰の没年は不明になっていますが、なにかの戦いで討ち死にをしたというよりも別の国に出奔してしまった、あるいは左遷させられたという説が濃厚です。

漫画での話になりますが、個人的には能ある鷹は爪を隠す、という性格がまさに騰という印象です。普段は王騎の真似をしたオネエ言葉で場を茶化す姿もありますが、あの無表情で騰本人の言葉とも思える乱暴(?)な言葉が出てくるとゾワッとします。王翦とは別の意味でミステリアスな人物なんですよね。

 

 

白起(はくき)

秦国の六将軍のひとりです。既に白起が没してからのストーリーである漫画では回想シーンでしか登場しませんが、春秋時代ではいろいろな意味で名をあげた人物なので特別にまとめてみます。

嬴政の祖父、昭王に生涯仕えた白起。早いうちから戦の才能を発揮し、大国の趙や楚に何度も戦を仕掛けてはたびたび勝利し続けた武将に成長します。敗北したという記載がまったく見当たらないほどに常勝無敗を誇っていた白起は当然ながら大将軍に任命され数多の戦を秦の勝利で飾っていきます。

しかしそんな強力無比な白起も人生でただひとつの過ちを犯してしまいました。漫画でも何度か話にあがっていた「長平の戦い」。この戦の将軍を務めた白起は、なんと敗けを認めて武器を捨てた兵士や少年兵あわせて四十万以上の人間を生きたまま土中に埋めてしまいます。

漫画でもあの趙将軍である万極(まんごく)がこの時の長平の生き残りだと宣ったり、ほかにも趙の人々が恨みを込めて見ている長平の戦い。自国でもある秦国にとってもその行動は脅威に映り、秦王は続けざまに趙を攻め落とさんとする白起を押しとどめ趙と仮初の和睦を結んでしまいます。

不信を募らせる白起。その後の秦王は別の武将を用いて趙を攻めようとするも敗北を喫してしまい、再び白起を起用しようとするも既に不信感に満ちていた白起はこれを拒否してしまいます。長平での残酷な行為に続くこの言動に白起の立場は一気に悪化、ついには自害を強要されることとなってしまいました。

才能に溺れてしまったという見方もできる白起の過ちですが、それが自身の身を滅ぼすことに繋がるとは予想もしていなかったと思われます。

ただひとつの救い(?)と言えるべきなのは、史実にある、その最期に白起は自らが四十万もの人間を生き埋めにしたことを悔恨していた、という記載です。なんとも不遇ながら、覆水盆に返らず、を体現してくれた人物でした。

 

 

王齕(おうこつ)

これまた漫画ではさして登場しないですが、六将軍として強い力を持っていた王齕。

王騎の項でも触れましたが、史実ではしばしば王騎と王齕は混同しています。白起が長平の戦いで四十万の人間を生き埋めにした頃、王齕は史実に登場します。趙との戦いをその使命として動き出した王齕ですが、その時にあの廉頗(れんぱ)と対決することになりました。

長平の戦いのあとなので趙の将軍でもある廉頗たち趙軍には頭が上がらない秦軍でもありますが、この戦いは始まる前に終わってしまいます。白起の行動を脅威とした秦王のは趙に不必要な恨みを残させないとしたのか、秦は趙と破格の条件で和睦を結んでしまうのです。

結局、王齕は一時撤退をしたのちに再び趙に戦いを挑むことになるのですが、次に水を差したのが魏でした。趙といざ戦おうとした矢先に現れた魏の軍により趙から返り討ちにあった王齕は敗走するその足で今度は魏に攻め込んで勝利します。

こうして強力無比を誇った王齕ですが、没年は謎に包まれています……が、やはりこれも王騎と混同されてのことでもあるらしく、つまり言えば漫画に描かれている王騎の無敵っぷりこそが史実の王齕である、という見方ができます。

 

 

摎(きょう)

王騎のもとで育った孤児ながらも戦の才能を見せ、女だてらに将軍さらには六将軍のひとりにまでのし上がった戦の天才、摎。美麗で若い女性である反面、血をまき散らした冷酷無比な戦いをするというギャップにも驚きましたね。

一方では王騎との恋仲めいた関係も気になるところ、王騎としても妻として摎を迎えようとしていたような言動も多く、ぜひとも六将軍の時代だけを切り取った外伝などあればこのふたりの関係こそ戦とは別の意味で彩りを見せてくれると予想に難くないところでした。

実際の摎も大活躍を見せてくれた秦の将軍です。やはり女性ではなかった可能性が高いのですが…

昭王の時代ですが、王騎や王齕(おうこつ)、白起たちが活躍していたと同時期に活躍していた摎。実際に六将軍という肩書があったのかは定かではありませんが、この時期の秦は確かに中華で一番強かったと言っても過言ではなさそうです。

実際のところ、この昭王がもっと若いうちから本気を見せればこの時代に中華統一は果たされていた可能性もあるほどでした。周王朝という中国でも特に長く続いた王朝を滅ぼしたのが摎の最大の手柄でした。その後も苛烈な戦いぶりを見せ続けます。

漫画では我武神也の龐煖(ほうけん)に討たれ、それをきっかけに王騎が龐煖をライバルと認識するという顛末が描かれていましたが、漫画で噂されていたように本当に病死であったのか、はたまた白起同様に苛烈すぎる戦い方が脅威とされて自害させられたのか、それとも引退をしただけなのか。その没年は史実には残っていないので残念ながら不明のままになっています。